副鼻腔炎の入院手術(7)入院・手術

2020-03-19 オフ 投稿者: 所長

 前回の記事までは入院前に書いていて、ここからは退院後に書いている。つまり無事生還出来た。あまり思い出したい記憶ではないが、あと2回で書き切ろうと思う。

入院日(手術-1日)

 入院は手術の前日午前。自分の運転する車は禁止されているので電車で。

 書類の提出後、個室に案内され、ジャージに着替えて昼食。旨くはないが、不味くもない普通食。個室はTV(BSあり)、冷蔵庫、トイレ、シャワーがあり、TVの台からスマホの電源も取れ、電波も問題ないのでまずは一安心。

 その後、CT検査と、耳鼻科医の診察。耳鼻科医は執刀医ではなく、医学生が2~3人見学していて、内視鏡カメラを鼻に長時間突っ込まれて医学生に対して「ここがこうなってるから切る」とかなんとかゆっくり説明をされてイラついたせいか、終わる頃に気分が悪くなった。20m毎にベンチに座りながら、なんとか病室に帰還。

 昼寝して、夕食。消灯は9時なので、それまでにシャワーを浴びて消灯してくれとのこと。多分そんなに早く寝れないというと、個室なので音をうるさくしない限りはある程度自由にしてよいとのこと。

 元々夜行性の生活になっていることと、手術へのビビりもあって明け方までスマホをいじって過ごした。

手術日

 朝8時くらいから手術。パンツ1枚+手術着を着て徒歩で出発。

 手術室に入った後のことは当然殆ど記憶なし。

 そして部屋に戻ってからが地獄。鼻の入り口は綿球で閉じられているがドバドバ出血しており頻繁に交換。鼻から喉にも出血が下りてくるが、これは飲み込まずにティッシュに吐き出せというがティッシュを取り出す行為もきつい。酸素マスクを着けているが呼吸もつらい。トイレは尿瓶で対応するとのこと(尿道カテーテルは無し)だが、特にその必要はなかった。

 2時間ほどで出血はある程度収まり、3時間経過で酸素マスク終了、自力トイレ移動(点滴台と共に移動)、飲み物(ポカリスエット等)が許可された。ただし麻酔の影響で重度の2日酔いに似た状態で、徒歩3mのトイレですら結構きつかった。飲み物も鼻が100%詰まっていると非常に飲みづらい。

 深夜に至るまで気分はイマイチで、この日は絶食なのでゲロは出ないのだが、何度もオエっとなる。そして鼻は100%詰まっているので完全口呼吸。一睡もできず。

手術+1~2日

 麻酔が抜けきるのが24時間くらいらしいので、翌日の昼には2日酔い的な症状は改善した。また、そのあたりで点滴も終了した。

 その後、鼻洗浄というものを指導された。食塩水を片鼻にぶち込んでもう片方から排水する。固まり掛かっている血がドバドバ排出されて気持ち良い。毎日1リットル自分でやれとのこと。

 恐らく出血、睡眠不足のため、元気には程遠い状態。ボケーっとTVを見る程度(内容は入ってこない)の元気はあるが、何かに集中出来るような状態ではなかった。寝たきり老人のような状態で2日程過ごす。

 出血・麻酔影響などの術後の問題が解消したあたりで、鼻が完全に詰まっていることが大きなストレスになってきた。鼻が悪いとは言っても、こうなってみると普段は60%程度、体調不良時でも20%程度は空気が通っていたのだと思う。0%というのは結構精神的にきつい。起きてるときは口呼吸だけど、寝に入ると自動的に鼻呼吸に切り替わり、窒息して即目が覚める。

 この鼻詰まり状態は、術後にぶちこまれたガーゼによるものかと思っていた(それを抜くときが地獄との噂)のだが、この病院ではガーゼの類はほぼ入れておらず、今は鼻粘膜の腫れと出血等により詰まっているということらしい。

手術+3~5日

 3日経過したあたりで「ブヒーブヒー」みたいな音を鳴らしつつではあるが鼻呼吸が5%くらい開通した。0%⇒5%は精神的には大きな前進と思えた。

 少しは精神的に楽になり、テレビを見たりスマホで漫画を読む程度の気力は戻ってきた。huluの動画とかNintendo Switchなども用意していたが、まだそこまで積極的に何かをする意欲は無く、これらの準備は無駄になった。また、海外サッカー、テニス、スキージャンプ、フィギュアスケート世界選手権などのスポーツ日程をメモっていたが、ほぼ全てコロナ騒ぎで中止になっていた。その代わりに毎日変わり映えしないコロナ特番をずっと観ていた。

 4日後の夜には30%くらい開通し、やっとまともに3時間くらい寝れた。

 そして手術5日後の朝には退院となった。

 次回は最後に、費用のこと、独身無職の入院に関する総括などを書きたいと思う。